この映画にそれを期待すると拍子抜けしてしまう。
メリーさんを巡る人々の回想と、彼女の生きた戦後史に終始する。
普通は対象に肉薄し、相手が最も触れてほしくない所に土足で踏み入ることすら、やぶさかでないのがドキュメンタリーの典型だと思うのだが、中村高寛監督はそれをしない。
忽然と姿を消したとあるが、その消えた経緯もメリーさんの実家さえも監督は知っている。
さらに映画の後半、まるで憑き物が落ちたかのように白塗りをやめ、可愛らしい上品なお婆さんとなったメリーさんを撮影していながら、本人の口から何ら語らせようとはしない。
何故だろうか?
監督が撮影当時30歳と若いからか?
それも理由のような気がする。
今作を観た直後は、きっとこの監督はやさしい人なのだろう思った。
撮影対象を傷つけ身ぐるみ剥がすようなことはせずに、映画を撮ろうと思ったのではないだろうか。
それはまるで、メリーさんの周辺の人々がメリーさんに向けていた眼差しと同様であるかのように。
そしてそれを観客にも追体験させようとしたのではないだろうか。
英語では[shooting]と言われる映画撮影だが、確かに対象は撃たれ傷つくのだ。
しかしそれをしなければ、普通は面白いドキュメンタリーは作れないと思うのだが。
監督はそれをしなかった。
妖精は妖精のままにしておきたかったのだろう。
撃ってしまってはオーラが消えるから。
と、思っていたが、公式サイトの監督メッセージを読んだら答えはもっと簡単だった。
“監督は神奈川の生まれで中学生の頃からメリーさんを知っていた、そして彼女に対して近寄りがたい雰囲気から畏怖の念を感じていた。
しかしその畏怖の対象であるメリーさんと関わりのある人々を知り、この人々に強い興味を持った。
そして、このドキュメンタリーではメリーさんを通してヨコハマの一時代を浮き上がらせたい。”
要約するとこんな感じだと思うのだが、確かに今作はこの通りだった。
監督の興味の対象は“メリーさんの周辺の人々”であり“ヨコハマ”である。
メリーさんはこの映画では殆ど狂言回しの役割なのだ。
一番、彼女と深い関わりを持った末期癌患者のシャンソン歌手・永登元次郎さんが、この映画の実質的な対象・主人公である。
そして、今は駐車場となっている場所にあったGI専門大衆酒場「根岸家」を中心とした当時の状況を丹念に紐解いてみせる。
確かに横浜の戦後史を綴った映画としては面白いのだが、「ヨコハマメリー」というタイトルと、その姿に興味を抱いた人にとっては消化不良ではある。
「ヨコハマメリーとその時代」みたいなタイトルが正しいと思うのだが、確かにインパクト弱いなぁ(笑)。
消化不良感はありますが「根岸家」のくだりなどは大変面白く、日本の隠れた戦後史を知るという意味においては観る価値は十分あります。
※公式サイトでクレイジーケンバンドの横山 剣氏が
「互いの出自や過去や嘘やこれからを深く詮索しないのは薄情からではなくハマッコのデリカシーからだ。」
とコメントを寄せていますが、このドキュメンタリーの全てのような気がする。
まぁ、ドキュメンタリーそのものを全否定するようなコメントですが(笑)。
また、「根岸家」で働いていた三味線奏者:五木田京子さんの演奏が特典映像に納められていますが、大変素晴らしいです。
永登元次郎さんのシャンソンもあります。
【追記】
クレイジーケンバンドの2005年のアルバム「SoulPunch」の特典DVDに、横山 剣氏が若かりし頃の当時を振り返る映像が納められているのだが、これも大変良いです。
現存する、または今はもう無いライブハウス等を横山 剣氏がバイクで案内してくれます。
当時を知らない、または横浜生まれではない人にとっては非常に貴重な映像だと思います。
【関連サイト】
□ヨコハマメリー:公式サイト
http://www.cine-tre.com/yokohamamary/
□クレイジーケンバンド:公式サイト
http://www.crazykenband.com/