覆面麻薬捜査官の主人公が、自分で自分を監視するはめになってしまい、且つ、ある思惑に巻き込まれていく。
非常に曖昧で怠惰な世界。
この映画の監督の前作「ウェイキング・ライフ 」は観ていないのだが、前作同様に実写をアニメ化する“ロトスコープ”という手法は、この映画にぴったりだった。
見慣れた俳優がセル画の質感で動いているのは確かに違和感がある。
でも、この違和感こそが重要で、実写のようなアニメのような、しかし、セル画風と言えど一般的なアニメほどデフォルメされていない、どっちつかずの非常に曖昧模糊とした感覚。
この手法自体が、この映画の核とも言える。
そして、今作で特長的なアイテムと言えば、覆面麻薬捜査官が着用している何千パターンの人物を表面に映し出し、個人を特定出来ないようにしているスクランブルスーツなのだが、これには疑問を持った。
何も何千パターンも映し出す必要は無く、極端な話、真っ黒でもいいじゃないかと思ったのだが、柳下毅一郎氏(ファビュラス・バーカー・ボーイズ:映画欠席裁判 )が、
「あれは麻薬中毒者の幻覚の隠喩だ」(※うろ覚えなので正確ではないです。)
と発言されていて、なるほど!と納得がいった。
また、役者陣だがキアヌ・リーヴスが常に憂鬱な主人公にハマっていた。
脇を固めている麻薬中毒者役のロバート・ダウニー・Jr、ウディ・ハレルソン等も上手い。
特にロバート・ダウニー・Jrの演技は実写でも観たかったと思った。
ディック作品は「ブレードランナー」にしろ「トータル・リコール」にしろ今作しろ、登場人物の自己の存在が常に揺らいでいる。
確固たる自己を証明出来ないでオロオロしてる。
DVD特典のディックのインタビューを観ると、管理社会に対する恐怖の側面が主題みたいだが、今作で一番共感を覚えるは、やはり自己の不確かな感覚についてだ。
麻薬常習者でなくとも、自分を完全に肯定出来る人は、そんなにいないのではないかと思う。
普段はそれなりに忙しいので、そのような事は考えなくてもよく、やり過ごせるからだ。
しかし、本当はこの主人公と自分はそんなに違わない。
不確かな世界を不確かなまま生きている。
この感覚が先進国と呼ばれる国の人々には共通感覚としてあり、だからディック原作の映画が後を絶たず製作されるように思う。
まぁ、そんな感覚は持った事がないという人々も当然いるだろうし、そっちのほうが大多数だろうが。
【ネタバレ】になるけど、麻薬にヤラれて廃人になった主人公が、その壊れた頭に浮かんだ友人に対する純粋な想いが、結果的には事件の真相を暴く事になるだろうという、余韻を残したラストがとても切ない。
そしてレディオヘッドのエンディング曲がまた良い!
“Fog(霧)”という曲で、まさに五里霧中な捉えどころのない感覚を生きる人物を描いた映画には、ピッタリだった。
【関連サイト】
□スキャナー・ダークリー 公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/ascannerdarkly/