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2007/07/29

「殺人カメラ」-善意の暴走。まんま、(DEATH NOTE デスノート)だった。-

殺人カメラ (トールケース)

【自宅にてDVD】

巨匠ロベルト・ロッセリーニの1948年の作品。
ホラーっぽいタイトルだが、喜劇だ。
しかし、内容は「DEATH NOTE」そっくりだった。

貧困に喘ぐ村のしがない写真館の主人が聖人から、ある能力を授かる。
その能力とは狙いを定めた対象(人、生物)が写った写真を再撮することで、その被写体を写真に写ったポーズのまま殺す事が出来る能力だ。
写真館の主人はその能力で暴利を貪る村長やら高利貸しやらを殺しまくる。
そして、その能力を授けた聖人は実は・・・、みたいなストーリーだ。

あくまでも写真館の主人は善意により殺人しまくる。
途中までは“夜神月”と全く同じだ。
ただし、こちらは悪人を殺す為に村中を駆け回る様がドタバタタッチで描かれている。
また、“夜神月”のように自己保身よる鬼畜化はしないけど。
さらにラストで、どんでん返しがあるのだが、その情けない感じが笑いを誘う。

DEATH NOTEと比べて鑑賞すると面白いかもしれません。

7月 29, 2007 at 12:45 午前 映画・テレビ | | コメント (0) | トラックバック

2007/07/28

「スキャナー・ダークリー」-切ないラストにグッと来る、秀作。-

スキャナー・ダークリー

【自宅にてDVD】ラスト、ネタバレします。

舞台は現実より7年後の世界。
上手い言い回しだ。
何時の時代の誰が観ても(読んでも)近未来。
映画に設定される近未来が、どんどん現実に近づいている印象を受けるが、とうとう7年後か。

覆面麻薬捜査官の主人公が、自分で自分を監視するはめになってしまい、且つ、ある思惑に巻き込まれていく。
非常に曖昧で怠惰な世界。

この映画の監督の前作「ウェイキング・ライフ 」は観ていないのだが、前作同様に実写をアニメ化する“ロトスコープ”という手法は、この映画にぴったりだった。
見慣れた俳優がセル画の質感で動いているのは確かに違和感がある。
でも、この違和感こそが重要で、実写のようなアニメのような、しかし、セル画風と言えど一般的なアニメほどデフォルメされていない、どっちつかずの非常に曖昧模糊とした感覚。
この手法自体が、この映画の核とも言える。
そして、今作で特長的なアイテムと言えば、覆面麻薬捜査官が着用している何千パターンの人物を表面に映し出し、個人を特定出来ないようにしているスクランブルスーツなのだが、これには疑問を持った。
何も何千パターンも映し出す必要は無く、極端な話、真っ黒でもいいじゃないかと思ったのだが、柳下毅一郎氏(ファビュラス・バーカー・ボーイズ:映画欠席裁判 )が、

「あれは麻薬中毒者の幻覚の隠喩だ」(※うろ覚えなので正確ではないです。)

と発言されていて、なるほど!と納得がいった。

また、役者陣だがキアヌ・リーヴスが常に憂鬱な主人公にハマっていた。
脇を固めている麻薬中毒者役のロバート・ダウニー・Jr、ウディ・ハレルソン等も上手い。
特にロバート・ダウニー・Jrの演技は実写でも観たかったと思った。

ディック作品は「ブレードランナー」にしろ「トータル・リコール」にしろ今作しろ、登場人物の自己の存在が常に揺らいでいる。
確固たる自己を証明出来ないでオロオロしてる。
DVD特典のディックのインタビューを観ると、管理社会に対する恐怖の側面が主題みたいだが、今作で一番共感を覚えるは、やはり自己の不確かな感覚についてだ。
麻薬常習者でなくとも、自分を完全に肯定出来る人は、そんなにいないのではないかと思う。
普段はそれなりに忙しいので、そのような事は考えなくてもよく、やり過ごせるからだ。
しかし、本当はこの主人公と自分はそんなに違わない。
不確かな世界を不確かなまま生きている。
この感覚が先進国と呼ばれる国の人々には共通感覚としてあり、だからディック原作の映画が後を絶たず製作されるように思う。
まぁ、そんな感覚は持った事がないという人々も当然いるだろうし、そっちのほうが大多数だろうが。

【ネタバレ】になるけど、麻薬にヤラれて廃人になった主人公が、その壊れた頭に浮かんだ友人に対する純粋な想いが、結果的には事件の真相を暴く事になるだろうという、余韻を残したラストがとても切ない。
そしてレディオヘッドのエンディング曲がまた良い!
“Fog(霧)”という曲で、まさに五里霧中な捉えどころのない感覚を生きる人物を描いた映画には、ピッタリだった。

【関連サイト】
□スキャナー・ダークリー 公式サイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/ascannerdarkly/

ファビュラス・バーカー・ボーイズの映画欠席裁判 3 ファビュラス・バーカー・ボーイズの映画欠席裁判 3
町山 智浩 柳下 毅一郎

ファビュラス・バーカー・ボーイズの映画欠席裁判〈2〉 (映画秘宝COLLECTION) ファビュラス・バーカー・ボーイズの映画欠席裁判 (映画秘宝COLLECTION (20)) オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史 〈映画の見方〉がわかる本80年代アメリカ映画カルトムービー篇 ブレードランナーの未来世紀 (映画秘宝コレクション) 映画の見方がわかる本―『2001年宇宙の旅』から『未知との遭遇』まで (映画秘宝COLLECTION)

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B00005NDEY ナイヴズ・アウト
レディオヘッド
EMIミュージック・ジャパン 2001-09-07

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7月 28, 2007 at 11:06 午後 映画・テレビ | | コメント (0) | トラックバック

2007/07/26

「どろろ」-オープニングは野心的だったのだが・・・-

どろろ(通常版)

【自宅にてDVD】

当然、期待して観たわけではないのだが、オープニングの残党狩りのシーンは、この手の劇場映画としては残酷に描写している。
乱世の世界を描くにあたり“ぬるくは撮らない”という塩田明彦監督の野心を感じたのだが、良かったのはここまでだった。

やはり柴咲コウ演ずる“どろろ”に違和感があり過ぎる。
成人した女性があの口調で喋らないだろ、普通。
当り前だが劇中では誰一人として、その不自然さにつっこみを入れない。
何故、“どろろ”は泥だらけなのか、その事についても描かない。
女である事を隠す為に風呂に入らないからだが、柴咲コウでは誰が見たって女だ。
(※原作ではもう1つ理由がある、こちらのほうが重要だったりする。)
女であると簡単に分かってしまっては、“どろろ”というキャラクターの根本が崩れてしまう。
実際、崩れているのだが。
スクリーンに映っているのは“どろろ”もどきの不潔で少し頭のオカシイ成人女性ということになる。
主要人物が“もどき”なのだから映画自体も“もどき”になってしまった。
しかし、「日本沈没」といい、今回といい柴咲コウは違和感のある役ばかり演じているな。
人気を当てにされるというのも女優としては不遇だ。
日本にラジー賞があれば、間違いなく主演女優賞を受賞するだろうから。
妻夫木聡演ずる“百鬼丸”は“どろろ”の不自然さの影に隠れて、まったく印象が残らない。

今作は大金を懸けた映画だと思うのだが、VFX、特撮のショボさは何なのだろう。
自分は今、劇場版「漂流教室」を観ているのかと錯覚したほどだ(笑)。
「漂流教室」は子供の頃観た時に、かなりガッカリしたが、今作もそれに相当する。
僕はレンタルだからまだ良いが、劇場で1,800円払って観たら金を返せと言いたくなる。
明らかに人が入っている着ぐるみの怪物に柴咲コウが跨って、ポカポカやってる絵を見せられて、僕はどうすれば良いのだろうか?
あの着ぐるみ怪物は過去の特撮モノに敬意を表して、狙ってやっているのだろうか?
かなり観る人を凹ませる絵面だった。
土屋アンナ演ずる“鯖目の奥方”の変身CGも、もう少し何とかならなかったのだろうか?
確かにハリウッド製とは、時間も金もスタッフの人数も桁が違うだろうから、単純に比べてもしょうがないが、宣伝だけはハリウッド並みにするのだ。
だから、実際の映画のショボさが余計に目に付くのだ。

また妖怪との戦いのシーンで延々と流れている、ジプシーキングス風の音楽は何だ?!
たぶん、製作者のイメージとしてはマカロニ・ウェスタンというか、アントニオ・バンデラスの「デスぺラード」というか、荒野に無頼が二人みたいな感じでラテン調の音楽にしたのだろうけど、映像に合ってるとは思えない。
音楽もまた“もどき”なのだ。

核の無い表層だけが、どろろ風の“もどき”映画だった。

どろろ (1) (手塚治虫漫画全集 (147)) どろろ (1) (手塚治虫漫画全集 (147))
手塚 治虫

どろろ (2) (手塚治虫漫画全集 (148)) どろろ (4) (手塚治虫漫画全集 (150)) どろろ (3) (手塚治虫漫画全集 (149)) どろろ (第3巻) (Sunday comics) どろろ (2) (秋田文庫―The best story by Osamu Tezuka)

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7月 26, 2007 at 02:47 午前 映画・テレビ | | コメント (0) | トラックバック