「大日本人」-何故、TV放送向けに作らなかったのだろうか?-
【自宅にてDVD】
映画館で観ようと思っていたが、何だかんだでDVDになってしまった。
が、しかし本作を映画館でみたら、正直がっかりしたかもしれない。
それは、映画的なダイナミズムが全然なかったからだ。
報道番組を模したフェイクドキュメンタリーと特撮ヒーロー物がミックスされた形式で進行する映画だったのだけれど、このようなパロディは元ネタの媒体でやるのが一番効果的だと思うのだが。
本作は映画の形式ではなく、あくまでテレビの形式に沿っている。
そう考えると、劇場映画用ではなくTV放送用に作るべき作品だったように思う。
本作がゴールデンタイムに松本人志撮りおろし作品として放送されていたら、全然違った印象を受けたはずだ。
さすが、松本人志と言ったかもしれない。
また、テレビの形式で作られたパロディ映画も当然あるのだが(※ケンタッキー・フライド・ムービーとか、そうなのかな、あんまり面白くないけど)、本作より、元ネタの形式に対して、もっと徹底している。
本作は所々、映画的であったり、テレビ的であったりと一貫していないように思われる。
そもそも、松本氏本人はパロディ自体が好きではない。
インタビュー、書籍等で発言していると思う。
なので、本作をパロディ映画として作っているという意識が薄いのかもしれない。
パロディ映画という自覚無しに“笑い”を追求した結果が本作になったのだとしたら、松本氏はやはり徹底的にテレビの人なのではないだろうか。
北朝鮮のニュース風の映像も映画館のスクリーンで観るより、自宅のテレビ画面で観る方が笑えるはず。
また、上記の北朝鮮のパロディや日米安保に触れるような主人公の台詞も、決して政治的な社会風刺ではなく、あくまで日常的で、僕等が持っている曖昧な印象を反映しているに過ぎないと思う。
この辺もテレビ的だと思ったのだが。
「ごっつええ感じ」全盛時代のコントはセット、キャラクターの衣装など非常に良く出来ていた。
それは精巧に作られているのだが、本物そっくりと言う訳ではなく、ぎりぎりの所でショボく作ってある、その塩梅が絶妙で感心したのだが、それはテレビのコントとしての絶妙さ、完成度の高さだ。
しかし、映画となってしまうと、この方法論が上手く機能しないのではないのだろうか。
スクリーンに映し出されたのは、“大佐藤”という人物ではなく、カツラを被った松チャンとみえてしまう。
あのカツラだって当然、カツラと分かるようなクオリティの物を、わざと被っている。
テレビでは、あれほど効果的だった方法が映画では裏目に出てしまっている。
映画の場合は本物そっくりの頭髪にしなければならなかったのではないだろうか。
(※ズラを被っている設定じゃないよな、夏のシーンで散髪してるし。)
たぶん、僕は映画を観る時は無意識に意識を切り替えてるのだと思う。
スクリーンに投影されているのは、もう一つの現実だと。
例えそれが、荒唐無稽なファンタジーやSFであっても。
リアリティを無意識に映画に求めている。
それを逆手にとって、映画などは作り物に過ぎないと提示されたら、それはそれで面白いのだ。
しかし「大日本人」はその辺が徹底されていなかったと感じた。
やはり現在、地上波でコント番組を持っていないのが、一番キツイのではないかと思われる。
松本人志の作品はテレビで観たい。
そう強く思った映画だった。
監督:松本人志
脚本:松本人志 高須光聖
撮影:山本英夫
音楽:テイ・トウワ 川井憲次
出演:松本人志 竹内力 UA 神木隆之介 海原はるか 板尾創路 街田しおん
【関連サイト】
□大日本人:公式サイト
http://www.dainipponjin.com/
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THE VERY BEST OF ごっつええ感じ 1 ダウンタウン 今田耕司 by G-Tools |
12月 2, 2007 at 10:12 午後 映画・テレビ | Permalink
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